北九州マラソン 2026
北九州マラソン
2月15日は今シーズン最後のマラソンでした。マラソン以外に色々と用事があったので、今回は単に走りに行ったというわけではないですが、一応記録を残しておきます。
マラソンゴール付近の写真を取り忘れたので、小倉城の写真を・・。

勝田マラソンからの経過・前日
前回マラソンから3週間しかない中、回復・テーパリングを優先してそんなに走っていなかったものの、1週間前に気付いたら、左足ハムストリングスがだいぶ筋肉痛に・・。前々日から北九州入りしてたため、前日は小倉市内で鍼治療に。その他、このマラソンは事前アスリートビブス郵送が無いため、前日に北九州メッセで手続きが必要です。

今回3時間30分で記録を出してたと思うので、開始ブロックはBブロックでした。
なお、コースマップが会場に置かれていて写真を撮りました。

コースは、北九州市の主要道路を封鎖して実施する贅沢なルート。人通りも多い場所が多く応援も多い。そして、エイドも充実。景色も後半は海沿いの絶景。今まで申し込んだマラソンの中で最高のコースです。
当日
小倉駅から電車で東に一駅目の門司駅近くの親戚の家に泊まったので、そんなに早く起きる必要はなかったのですが、5時過ぎには起きてました。食事は、うどん2杯、餅2個、バナナ、カステラといつもと変わらず。8時10分位に会場に到着したのですが、更衣室(北九州市役所の地下の駐車場)は閉まる直前で人はほとんどいませんでした。手荷物を袋に入れようとするが、キャパ超えで袋が破ける、なんとか押し込んで、8時25分位に荷物を届ける。ここは、スタートとフィニッシュ地点が異なるので、荷物をトラックのコンテナに入れる必要があります。そのため、横浜マラソンと違って時間厳守でした。また、スタートブロックに並べる時間も開始15分前と決まっていて、時間の厳格さは他のマラソンにはない点でした。
なお、天候は前日の夜降った雨も丁度上がったところで曇り、少し暑いが風もなくマラソン日和りと言えそうです。
1 - 10km
Bブロックの後方の位置にいましたが、このマラソンでは初めてスタート挨拶をちゃんと聞くことができました。多分、どこに並んでいても声が聞こえるように配慮されているんだと思います。

さて、号砲・・。人はそこまで多くないと思ってましたが、中々スタート地点まで到達しない。やっと到達したと思ったら、結構周りがつまり気味。最初の1kmは思うように走れません。3kmから徐々にランナー同士の距離がバラけてきました。なお、3、4、5kmまでは上りだったようですが、全く気が付かなかった。アップダウンは初めにあればあるほどよい。そういった意味で北九州マラソンのコースはありがたい設計です。6kmからは下り基調。ここで一気にリズムに乗ります。特にスペースワールド跡地付近は走っていても少し高揚感はあります。ちょっと蒸し暑くて汗が気になりましたが、左足の調子も悪くなさそうで、テンションが上がります。
11 - 20km

10km付近が多分一番の上り坂。ただここも辛くはありません。その後の下りでペースを掴むと、サブ3を目指せるラップを刻めます。本日は胃腸の調子も良いため、スピードをある程度維持しても内臓の痛みは出ません。15km付近で個人的に応援ももらい、ダレることなく、20km地点の小倉駅付近まで戻ってきます。
21 - 30km

この20kmから30kmのラップは今回のマラソンの収穫です。4分30秒以内で均等なラップを刻めたのは、ペースを維持してくれたランナー集団を見つけられたからです。コースも若干の向かい風だったので大変助かりました。ただし、ここで内臓が痛くなるのを恐れて、水を飲まなかったのが後に響いた。。
31 - 42km

門司港駅の折返しで応援してもらうはずだったのですが、その折返しが中々来ない。31km門司港駅付近で折り返したと思ったら、また別の関門海峡ミュージアムまでの折返しがあるのか、ここらへんで20kmから同じラップを刻んでいた集団においてかれます。両足のふくらはぎが痛い。最後35km付近でジェルを取り出し飲み始めるも多分必要なのは水分だったんだよなー。コップ2杯の水は飲んだけど、口に含む程度だったし、前半から汗がっつりかいていたので、おそらく脱水気味だったのでしょう。ちゃんとスポーツドリンクも取っていればよかった。今日の胃腸の調子だったら内臓の痛みが出ることもなかったと思うけど、やっぱり前例があるので怖かった。でも、多少でも汗かいていたら取らないとだめということを身を持って実感しました。最後7km位は歩かないのを目標にするというレベルまで落ちぶれて自己ベスト更新はとうに諦めてました・・。景色も海沿いで風も強くなく素晴らしかったのですが、とにかく足が動かなかった。あ、でも、そんな状況ですが、38km付近の小倉牛のパックはゲットして食べずに手にもって走ってました。
結果

勝田と比べて1分位自己ベスト更新しました。脱水になってなかったら、あと5分位は縮められたと思うけど、一気に更新するより、毎度の大会で少しずつ自己ベスト出たほうが楽しいよね。

勝田全国マラソン 2026
勝田全国マラソン 2026
今シーズン3回目のフルマラソン。自己ベストは出たけど、ほろ苦いレースとなった。そんなに大したことも無いけど、一応忘れないように残しておきます。

12月 - 1月 練習
前回つくばマラソンから、12月は距離を稼ぐ月、1月はスピードを磨く月と位置付けてトレーニングしました。
12月は大会にエントリーしておらず、テーパリングも必要なしということで、月間500km以上走りました。多分、この先ここまで走ることはもうない気がする。

元旦にはこちらの10kmのレースに出ました。
脚も疲れている中でしたが、キロ4分9秒ペースで10km自己ベストが出ました。
スピード練習の必要性を感じたので、1月からは距離を稼ぐよりスピードを意識して走っていました。
大会1週間前から2回鍼に行って、右足の股関節の筋肉痛も解消し、準備万端です。
レース当日
つくばマラソン同様、5時起きでした。つくばより遠いけど、開始時刻は10時30分なので、割と余裕はありました。あと、30分は遅くても問題なかったかも。朝ご飯は通常のマラソン朝食に比べて餅1個減らしました。6時30分頃家を出て、7時52分東京駅発の「ひたち」で勝田駅へ。到着は9時24分。十分スタートまで余裕あるかなと思いましたが、荷物預かりとトイレが混んでいて、10時30分の号砲聞いたときはまだブロックに並べていませんでした・・。
なお、前回と同じく2日前からまた逆流性食道炎気味になり、薬も飲んだけど、内臓の痛みが怖いので、今回も基本水分・補給なしで挑むことを基本スタンスとします。

1-10km

今回Eブロックからのスタートでしたが、一番端を走っていたので渋滞に巻き込まれることもなく、最初の1キロから4分26秒とまずまずでした。本日は西北西の風だったので、始めの5kmは追い風で予想以上のラップです。このペースを維持できればサブ3も・・と期待も束の間、最初の南への折返しでややペースダウン。7kmでヘアピンカーブを曲がって今度は北へ向かう直線へ入りますが、完全に北風というわけではないのでそこまで抵抗感はない?4分30秒は切ることなく、10km経過します。
10-20km

15km中盤までは、ひたすら北へと向かう直進。どこの時点からは忘れましたが、スピードの出し過ぎか寒さの中のアップの不足からか、強いはずの左足の中殿筋に違和感が・・。この時点での痛みは先が思いやられる・・。完全に向かい風ではないけど横前からの風が強い。できるだけ集団の右側後側に付けることを心掛けましたが、それでも風の影響はかなりありました。13km、14kmは下り坂区間でスピードアップ。15kmの上り坂でタイムは若干落ちましたが、下りも上りも結構順位が上がります。15km過ぎて、進路は西へ・・ここの区間は完全な逆風。知らず知らずのうちに呼吸が浅くなり、左足の中殿筋の痛みによる左右バランスの崩れの影響か、左胸近くの横隔膜辺りが痛み始めます。慌てて深呼吸モードに切り替えるも、ラップは10秒近くは落ちてしまいます。ここが苦しかった。東海駅近くの交差点で左折をすると、ようやく向かい風区間から抜け、ラップも4分30秒以内に戻します。
20-30km

この辺あまり記憶ありませんが、28km辺りまでは4分30秒切れてたので問題なかったでしょう。最後2km落ちているのは、向かい風区間に入ったからなのか、水分や栄養が不足し始めてきたからなのかは分かりませんが、ダウンペースに。
30-42km

30kmから35kmは1km毎の曲がり角コースで高低差も多少あり疲れを終始感じ始めます。32kmでアミノサウルスを開けて一口補給するも、内臓の痛みが怖いのでそれ以上は取らず、ずっと左手に持って走っていました。エネルギー切れはまだ起こしていないようだけど、何も取らないのはさすがにこわい・・。周りを見ると、1分おき位に止まって足を伸ばしたり、歩いている人を追い越します。この区間は応援も少なく人気のなさを感じる区間でもあり、多くのランナーにとって正念場だったのでは。。 35km地点の交差点を過ぎ南に向かうと、とうとう終わりが見えてきます。ただ、最大の山場は37.5km付近から始まる西への直進道路。ここで強力な向かい風です。道路も広く皆さん疲れていてペースもまちまちなので、風除けに集団を形成することはほぼできない形でした。ラスト5kmの勝田の風にはランナー各々で立ち向かえと・・。アミノサウルス消化不良の影響か右脇腹の痛みが40km付近で襲ってきて、身体を極限まで揺らさない走り方に・・。もう自己ベストは諦めて完走だけを考えてました。
結果

ネットの公式記録としては、つくばマラソンより22秒速くなりましたが、Garminのマラソンの記録としては、4秒ベストという形でなんとかPBいただきました。練習は2ヶ月間してきたので、もう少し更新したかったですが、体調も風もベストではないので、よしとしましょう。
つくばマラソン 2025
つくばマラソン 2025

今シーズン4回走るフルマラソンの2回目、つくばマラソン。横浜マラソンから丁度4週間でなんとPB18分更新できました!
要因がなんだったか振り返るために、その間の4週間を振り返ります。
横浜マラソン2025後の練習
大体以下のような感じでした。
1週目: 横浜マラソンの疲労抜き。太腿の筋肉痛が割とありました。ただ、3日目位から18kmは走ってました。この際に学んだのが、マラソン後、太腿に筋肉痛が出る場合、効率の悪いフォームで走っているということ。これは、3週目以降のフォーム改善練習に繋がります。
2週目: 距離を稼ぐならマラソンまでまだ2週間以上あるこのタイミングしかないと思い、1週間続けて毎朝20km以上走ってました。毎朝20km以上となると、体力の問題というより、朝十分に時間を確保できるかということになるわけですが、朝寒すぎないので割と早めに起床でき、走っている際の暑さも感じない適温だったことも、この練習に最適でした。
3週目: 徐々にテーパリングの期間へ移行するために、距離ではなくスピード重視の練習に切り替えました。この際にフォームの改善にも取り組み、毎回のランで改善部分を1つ意識して走るということを心掛けました。ある日、前傾姿勢を意識して走ろうと決めた所、1キロラップ20秒近く速く走れて、かつ、大して疲れないということが分かりました。平坦な道でも前傾姿勢を作ると下り坂にいるように重力を使って走れるので、効率よく推進力を前に伝えられるようです。
4週目: ところが、前傾姿勢の練習を4日ほど続けた所、右足股関節の内側(内転筋)が、麻痺するような痛みのレベルの筋肉痛になってしまいます。これが、つくばマラソン丁度1週間前。なので、この週はひたすら疲労抜きジョグ・ストレッチ・マッサージの繰り返しでした。鍼治療にも2回行き、お尻の疲労を取ったり、内転筋の痛みの原因が腸腰筋の疲労から来ていることを突き止めます。なんとか、大会前に右足の痛みは支障ないレベルまで和らぎました。
ただ、練習以上にシューズの影響がタイムの短縮に役立ったように思います。
シューズの見直し
前回横浜マラソンではペガサス41で走ったのですが、今回アシックスのマジックスピード4を履きました。このシューズは、反発が得られる部分がフォアフット側に集中しているので、かかと側で着地しても効率はよくないです。ちょうど前傾姿勢を練習で意識している最中だったので、ミッド・フォアフット側の着地を意識することで、シューズの特性を上手くいかして、効率良い走りができた気がします。
当日
5時起きでした。横浜マラソンは4時少し後に起きました。つくばの方が自宅からの距離は横浜より遠いですが、開始時間が30分遅いのと、荷物受付時間に制約がないので、それでも十分間に合いました。食事も大体前回と一緒で、うどん・餅2個・ふるさと納税のカステラ・バナナ・移動中に蒸しパンとジェル2個摂取しました。こんなに食べて消化が間に合ったかどうかは疑問ではありますが・・。
コースは今年から変更になったようですが、今年初参加なので、特に影響はありません。

1 - 10km

自分はサブ3.5付近が目標だったので、スタートブロックはFでした。サブ3.5のペーサーに付いていくことも考えていましたが、開始して、マジックスピードが前にどんどん進めと言ってきます。 特に4:30のラップで行くと決めていたわけではないですが、最初それで入ったので、行ける所までそれでキープしてみようという心境でした。Fブロックの前はウェーブスタートで人があまりおらず、かなり疎らな中を単独走という形でした。
10 - 20km

11km位で軽い下り坂になり、ブレーキを掛けて太腿にダメージを負いたくないので、前傾姿勢をキープし続けた結果、ラップはかなり速く入りました。その後、折り返した後、上りもありましたが、下りの勢いを感じた自分は、4:30に拘る必要はないと考え、4:22位を維持しました。 16km位に給水ポイントがあり、ここで初めて給水を取りました。この時点まで給水を取らないのはむしろ遅い位で、水分(スポーツドリンク)を取るのは普通のランナーなら当然のことです。ところが、この日の私の場合、これが1つの落とし穴だったかもしれません・・。
このスポーツドリンクを摂ったことで、18km辺りで、右の脇腹に痛みが走ります。この痛みは実は経験があって、1月に東京チャレンジマラソンで体験した激痛と少し似ていました。なぜ、スポーツドリンクを少し飲んだだけでこんな状況になるのか・・。それは、私は腸が元々よくなく、消化不良状態で酸欠気味になる逆流性食道炎の症状が10年ほど慢性化していることと関係します。いつも消化不良というわけではないのですが、どういうわけか、大会2日前から酸欠・げっぷを繰り返す症状が発症していました。そのため、16km地点でスポーツドリンクを飲む前も、レース開始前のジェルなどが遅れて消化される状態になっており、げっぷをしながら走っていました笑。多分、少なくとも1キロで1回位はげっぷをしていてたと思います。ゲップが出ると徐々に酸欠感や消化不良感が薄れるので、今回の脇腹の痛みの原因が消化不良でレース中にげっぷが出ることで解消される類のものであると勘付きました。一方で、追加的に水分やジェルを摂ってしまうと益々消化不良になってしまいます。水分やジェルを摂らなければ後半エネルギーが枯渇してしまうかもしれない・・。板挟みの状況ですが、いつ来るか分からないエネルギー切れより目先の脇腹の痛みを悪化させずに走ることに決めました。今回は水分もジェルも一切摂らないことにします。
20 - 30km

20km付近で筑波大学に入ってくると、脇腹の痛みが更に激しくなり、22km付近でラップも落ちてしまいます。大学内を進む内に、今度は左脇腹も痛くなりますが、逆に右側はよくなったりします。正直、景色を楽しんだり周りのランナーを見る余裕はまったくなくなり、ひたすら身体の上下動を小さくし、前傾姿勢を保持、ストライドも小さく、小走りで痛みが出ないような走り方を心掛けます。後で振り返るとこの10kmのラップはそんなにひどくはなかったけれど、ずっと脇腹の痛みとの戦いでした。
30 - 42km

30km以降ですが、正直あんまり覚えていません。給水ポイントで水分も摂れなければ、持ってきたジェルも摂れない、かといって痛みはほんの少しずつしかよくならないといった感じで消耗戦を強いられます。本当は、内臓の痛みがなければジェルを取りたかった。そしたら、もう少し楽に走れたんじゃないかというのはあります。でも、あの状況で摂ったら更にひどい痛みになっていたことは確実です。それでも、前回の横浜マラソンの一番速いラップより速いペースを維持できていたのは、マジックスピードの反発力のおかげでしょうか。太腿は全然疲れていなかった。ふくらはぎだけは最後3キロ辺りは張ってきて攣りそうな感じもありましたが・・。なんとか、キロ5分いかず、ゴールに吸い込まれました。
終わりに

こんなに内臓の痛みと戦う苦しいレースだったのに18分自己ベストが出たことが信じられません。サブ3.15も目標にしてはいなかったです。しかも、10kmとハーフの自己ベストもこのレース中に記録しました。自分としては、内臓の痛みは体調管理で改善できる部分だと思っているので、もう少し伸ばせたのかなと次に期待しています。水分1回・ジェル全く摂らないでマラソンの距離耐えたのは驚きでしたが、今回は曇りで天候にも恵まれました。腸のコンディションをしっかり整えて次回は楽しく走りたい。

翌日、筑波山の紅葉を見てきました・・。
2025 ランニング振り返り・横浜マラソン2025

横浜マラソン2025参加しました。今シーズン初、フルマラソン2回目。めっちゃ楽しかった。
今年3月に昨シーズン最後のハーフマラソンが終わり、それ以来の過程はどうだったから振り返る。
2025 - 3月 - 10月

3月
3月に書いたブログにあるとおり、左膝が痛くなり、全然走ってなかった。月間距離は記録を取り始めたからの自己最低167km。結局、この時期に結構休んだことによって、左膝が完治することはなかった。。
4月
結局、前の月に休んだものの膝が完治しなかったこともあり、動かしながら治すという方針にして、ゆっくり走りつつ285km位は走った。平日7.5km休日13km位で割と安定していたように思う。
5月
GWの一日で、家から多摩湖への往復と多摩湖一周で合計47km走りました。それ以外は、あまり記憶にないけど、月の後半、自己月間走行最長距離を目指したこともあり、毎日15km位走っていた。最終的には、月間走行距離は415.9kmでした。がんばった分、膝は治らず。立っていると痛くないけど座ると痛いという謎の症状・・。
6月
徐々に暑くなってきます。この頃、自分が日頃走るルートのうち、一番短いルートの距離を7kmから9kmに変更しました。前月よりは暑さもあり月間走行距離は落ちた(334km)が、最低ラインを引き上げたことで一段疲労の回復力は上がった気がする。
7月
更に暑くなったこともあったが、一日最低9kmはキープしつつ、休日は通い始めたジムへの行き帰りも走ったりして終わってみれば結構走った。348km。
8月
8月のはじめに10日間ほど旅行に行ってその間全く走らなかった。さらに体調を崩したこともあり、体力の落ちは感じたが、この間に走らなかったことで左膝の痛みが消えた。夏の間は、10km以上は一回の距離では走ら(れ)ないということもあり、距離は259km位だった。
9月
9月になっても暑く、一回で10km以上走ることはなく、休日はジムの行き帰りに分けて走ったりして25km位。後半少し涼しくなって多少距離が増えてきて、400kmちょうど到達した。
10月
気温が下がってきたこともあり、中旬まで17km毎日続けてでも走れるようになった。意外とこれでもストレッチ・マッサージを組み合わせれば、翌日には疲れが取れている気がする。下旬は、横浜マラソンに備えて10km以下にとどめた。
で速くなったの?
この半年は気温が高かったこともあり、VO2MAXは随分落ちてしまいました・・。

いつの間にか、月間走行距離というわかりやすい指標ばかり求めてしまう傾向になっていたけれど、距離を上げるより速度を上げることにフォーカスすべきだったかな・・。ただ、膝痛や暑さもあり速度を上げる方が練習としてはしんどいんだよね・・。
横浜マラソン - 当日
4時10分位に起きて、うどん+餅2個+パン少し、5時30分に家を出た。家から駅までは、夜明け前で真っ暗、雨がざあざあ降っていたが、雨雲レーダー見ると、横浜みなとみらい周辺マラソン中はそこまで雨雲にかからない予報でテンションは上がってました。横浜駅到着が7時少し前位で、東口の駅ビルのトイレに行きました。これは正解だった気がする。手荷物預け入れ所のパシフィコ横浜のトイレは大混雑だし、横浜駅から歩く人はみなとみらい駅などから来る人より圧倒的に少ないのでトイレは空いてる傾向にあります。あと、パシフィコ横浜の手荷物受付は7時40分までとなっていたけど、結局過ぎても全然預けられる。実際に、8時位までここにいて色々準備してました。
ぞろぞろとランドマークタワー方向に移動し大体Bブロックの最後尾に並んだのが8時15分位。この後も人が結構後から来たので、一番後ろというわけではないけど、最後尾に近い所からのスタートでした。100均で買った透明レインコートポンチョ、手荷物から出すの忘れてしまって、、大体、周りの8割位の人は最初身につけてました。開始前は雨もまあまあ強く、ノースリーブでまあまあ寒かった。アームウォーマー付けててよかった。
8時30分になりスタート。大体、開始3分30秒後位でスタート地点を通過できました。
0km - 10 km

最初は1kmはやっぱり混雑して、5分19秒位かかりました。雨の中のレースや今シーズン初ということもあり、最初はペース遅めでもよいと思ってたのですが、ちょっとおそすぎたかな・・。5kmのラップが25分17秒でした。ちなみに、これはGarminのラップで、大会計測だと25分50秒。。道幅も広くちょっと空いてる所を求めて大回りし過ぎたかな。都市型マラソンはこれが初めて。応援してくれる人々の暖かさ、みなとみらいの高層ビルや観光地の真ん中を走れる爽快感、多くの人と一緒に走れる一体感・・すごいよかった。
5km通過地点が赤レンガ倉庫通過付近で、そこから山下公園沿いの直線道路、海岸沿い横浜ベイブリッジが左手に見える横浜特有の景色とともに進みます。一方、雨が強くなり始め、水たまりを避けつつ、高架下は何キロからだっけと思い始めます。結局、9kmちょっとの所で、横浜湾岸線の高架下に入ったときには割と雨は弱まってました。
10km - 20 km

10kmからは湾岸線の下を折り返して道幅も広く雨にも濡れず一定のペースで行けました。なお、高架下だと景色はかなり殺風景なので単調になりやすいですが、定点的に応援の催し物など用意されていて、気を切らさずに走り続けられます。14km位で一度、湾岸線の下から外れて根岸の一般道に入ります。ここでまた雨にも濡れるけど、こっちのほうが応援や景色の変化もあって飽きないですね。16km付近からはまた道の半分が湾岸線の高速下の道で、これがひたすら折返しの21km辺りまで続きます。 ペースを刻むにはいいけど、結構退屈な道だったな。。
20km - 30 km

22kmほど通過して高速に入るのだが、ここの上り自体と逆方向への折返しで23kmまでの1kmで久々に5分以上久々に掛かってしまう・・。また、この折返しから前を行くランナーとすれ違いになるので、いつ折返しが来るのだろうという気になるが、実は1.5km位折返しは来ない・・。高速に入って、5分をちょっと超えてしまうペースに落ちてしまった。一方で、高速特有の傾きとか低反発、風などはそこまで気にならなかった。他のランナーもペースダウンしている人が多い中で割と検討していたように思う。28km-29km付近で左足全体的に痛くなり結構なペースダウン。ちょっと左右の身体のバランスを変えたりしていたら、次のラップは5分切れたので思わずガッツボーズした。そういえば、21km程度でアミノバイタルショットを取り始め、ずっと7km位お守り代わりに手に持って少しずつ補給してたな・・。結局補給は水分を除いてこれしかしなかったです。
30km - 42km

ラップに上下ありますが、下りで短くなり、上りで遅くなるという感じだったと思います。高速降りる36km-37km辺りも大股でブレーキ掛けずに行けて、まだ足は残っているという感じでした。自分は疲れてくるとラップが5分30秒程度に先ず落ちるので、そのタイミングがいつ来るか冷や冷やして走ってましたが、なんとか持ちこたえられました。特に赤レンガ倉庫入った辺りは応援の距離も近く、景色も素晴らしく、思わず涙が出そうになりました。
結果
Garminではマラソンの距離ではサブ3.5ギリギリ達成した(3:29:57)ことになったのですが、正式タイムでは、Garminの距離より200メートル近く長く走ったため、サブ3.5達成とはいかず・・。

でも結果には大満足でした。特に後半のラップも落とさず走れたのは自信になりました。
また、大会自体の評価としても、2万円近くの参加費を払う価値は十分ある大会だと納得しました。ボランティアの方々のサポート、エイド・事前に準備された応援など途切れることなく配置されていて、マラソンという過酷な運動をするランナーのために配慮が行き届いた大会だと感じました。自分は今回ファンランという目的ではなかったけれど、年齢を重ねてベストが出せなくなって、ゆっくり走るのもありだなと感じました。

2025/3/1 昭和記念公園ハーフ

ハーフマラソン今年走っていなかったのと、昨年同時期同コースの大会に出たので、どの程度進歩したか測るために出場しました。結果的には、3分ちょっとの自己ベストで、もう少し伸ばしたかったと思う反面、去年の自分よりは確実に速くはなっていて多少安堵しました。
2月
体調が万全だったかと言われるとそうでもなく、2月中旬から左足のシンスプリントを経て、左の膝スプリント (knee sprints) になってしまい、特に走りはじめには違和感が出るのでスピードが出せない状況でした。この怪我の原因としては、タイムトライアル7kmをウォームアップ無しに朝一でやる、という大変怪我しやすいであろう内容の練習をしたことだと思います。2月のトレーニングでのスピードを見てみると、

下に来ている方が速いペースで、2月中旬に下の方に2つ点があります。12日と14日に今まで実施してこなかったTTを入れたのですが、14日の翌日から左足脛にシンスプリント・それは2、3日でよくなったのだけど、左膝に痛みが移ってしまい、その後ずっと痛い状況でした。練習メニューとしては、ウォームアップ2km + TT (5km) とかにすればよかったのですが、Garminの5kmの自己ベスト更新がモチベになってしまっていたので、つい走りはじめから速くいってしまいました。この怪我正直大した怪我だと思っていなかったのですが、結局まとめて休む勇気もなくずるずると大会一週間前のテーパリング開始まで悪化を続けていきました。
その他、この怪我とは別に、2月は初めて月間300km超えたのですが、フルマラソンを経てようやくその程度まともに走っても疲労が回復する身体になってきた気がします。特に2週目は30km走もあったので、週間100kmは超えてました。

コースの関係で、普段7km、13km、18kmなどを走ることが多いのですが、今まで7kmが平均だったので、13kmを続けると、疲労が貯まってきたなと感じてたのですが、今月は、13kmでも疲労はあまり感じず、7kmは疲労回復の距離に変化していきました。このスタミナ強化は昨年と異なりハーフの後半での失速回避には繋がったと思います。
当日・結果
去年出ていたので特に会場へのアクセスなどは戸惑いなどはなかったです。気温は開始時点で16度で終了時点では19度でしたが、私の感覚ではこの気温は許容範囲でした。結局給水も一度も取りませんでした。5kmラップで見てみると、10km以降のラップの落ちが今年はほぼなかったです。

2周目のラップが落ちているのは、2周目の前半で早々に内臓が痛くなって多少ペースが落としたことがあります。呼吸を深くすることでそんなに長い時間は続かなかったのですが、先日のフルマラソン同様、内臓の痛みがボトルネックになっているので、これになにか対策を打つ必要性を感じています。
今後
去年と比べてスタミナは付いたものの、3年程走っていて、正直、漫然と走っているだけではスピードは付かないことはよく分かりました。 今後は、距離を稼ぐのではなく、インターバルや閾値付近でのランを計画的に入れて、レベルアップしていく必要性がありそうです。 あと、今シーズンもう一度マラソンを計画していたのだけど、当面は怪我が治るまで休みます。。
2024 ラン振り返り・2025/01/26 マラソン参加録
東京チャレンジマラソン2025 参加

本日初フルマラソンでした。その間走ってはいたのだけど、大会に参加するのは、去年3月にハーフマラソン走って以来の大会です。 ランの記事は久しぶりに書くので、少し振り返り。
2024年ラン - 梨状筋症候群とその回復
2024年前半から9月位までは、前年と同じく毎日7km月間210km位で走ってました。涼しくなってきてからは、今シーズンにマラソンを走ることを計画に入れたため、徐々に距離を伸ばし始めました。7月の途中でガーミンを買ったので、月間走行距離がきれいに可視化できるようになりました。大体月間距離的にはこんな感じです。

300km超えている月もないので、そんなに伸びていないように見えますが、本当はもっと走る予定でした。実は、涼しくなってきた10月から、毎日12km・週末18km走るという日課に変えたのですが、どうやら距離を延ばしたことが影響してか、右足股関節外側を痛めてしまいました。自己診断によると 、「梨状筋症候群」で、おそらく間違いないと思います。感覚的には、なにか本来ぶつからない部分がずれて擦り合っているような感じです。これの影響で、11月は若干走行距離自体は短くなりましたが、症状的には、7km程度ならなんとかなる、耐えられないほどの痛みではない、という状態なので、だましだまし走り続けていました。なお、「梨状筋症候群」なりたての最初の頃は、痛みが生じる特定のストレッチだけやっていれば短期間でよくなるだろう、と考えていますが、1週間。。2週間。。1ヶ月毎日30分以上やり続けても一向に痛みが引く気配がありません。12月前半に30km以上走ってみる機会があったのですが、その時も後半痛すぎて、とてもフルマラソン完走できる状態ではありませんでした。
それとは別に偶然ですが、11月後半、山を走りに行く機会があったのですが、山を走っていると、意外なことに「梨状筋症候群」の痛みがあまり出ないことに気付きました。また、山を走った後の筋肉痛の期間は、痛みが引くということもわかりました。実は、今まで、なぜ痛みが生じているかについてあまり考えておらず、インターネット上で見つけた情報を元に、対処療法的にストレッチをしているだけでした。ただ、よく考えると、右足だけそこまで股関節外側の柔軟性が硬いというわけではありません。1つ気付いたのが、私には、右足と左足の筋肉量の差があるということでした。普段スタンディングデスクで仕事をしているのですが、気付くと、大体、右足を左足に付けて左足一本で立っています。これは、単純に右足に筋肉がないということが原因となっている可能性がありそうです。また、山で走ると影響がないということは、平地で走る際特有のなにか、具体的にはランニングフォームなどに影響があるのではないか、ということも分かりました。
というわけで、12月中旬にもう一度、ひどい筋肉痛を作るために、高尾マンモストレランに行きました。その後、10日ほど筋肉痛がひどかったのですが、その際に、ランニングの際の足の上げ方や手の振り方、歩幅など色々試行錯誤してみました。その結果、どうやら右足を前に踏み出す際、疲れたときに右股関節が開き気味になるようで、これを直すと、股関節の違和感がみるみるうちに解消されていきました。おそらく、私の「梨状筋症候群」の直接的な原因は、ランニングフォームで、それが相対的な筋肉量の少なさにより影響されていたと思われます。
そんなこんなで、回復の目処が立ちそうということで、東京チャレンジマラソン2025エントリーしました。
献血とランニングへの影響
足の具合はすっかりよくなったのですが、マラソン大会2週間前にヘマをやらかしてしまいます。2週間前に、マラソン会場の下見に訪れ、その帰りに、浮間公園の前で献血車が来ていてふらっと入ってしまいました。実は、献血って、持久系のスポーツ、とりわけマラソンには長期的に影響あるのですね。私の感覚では、健康診断の採血の延長線上だったので、まさかそんな影響があるとは思いもしらず。。400mlの血を献上してしまいました。その後、影響があることを知って、いざ翌日走ってみると身体が重い。翌々日も同じでした。ただ、3日目はタイム的には割とよくなり、振り返ると、献血をしてから2日間のだるさは血流量の低下による影響と思われます。ただ、3日目以降に完全回復したかというと、そういうこともなく、何か明確に症状があるわけではないのですが、息が上がりやすいと感じる状態が続きます。マラソン1週間前に13km位走ったときに通常ペースより最後の方のラップが20秒位遅く、かなり気落ちしました。どうやら、400ml献血後、赤血球数が元に戻るのは、3,4週間後のようで、赤血球の減少が影響していた可能性があります。
幸いにも、そんなに身体に負荷をかける練習は必要ない時期だったこともあり、練習はほどほどにして、食事に意識を集中していました。具体的には、ヘム鉄錠剤サプリメント・グミタイプの鉄・ビタミンCサプリ・サプリメント・豚レバー・砂肝・かたくちいわし(途中でやめました)を一日で過剰摂取しまくりました。結果的に、どこまで効果があったかは不明です。ただ、ようやくマラソン3日前位に、いきなり、心拍数とタイムの組み合わせが献血前に戻ってきました。たちくらみも、献血後10日後位はあったのですが、発生することが少なくなりました。
そうこうしてマラソン当日を迎えます。
マラソン当日 - 栄養・水分のとりすぎについて
当日は、献血の影響がどの程度あるのか、一週間前の走りのように10kmも行かないうちにペースダウンしないか不安でいっぱいでした。10時になり開始します。とりあえずサブ3.5のペーサーに付いていきますが、集団が大きい。最初は80から100人位はいたと思います。私はほぼ集団の最後位にいたので、ペーサーの人自体はかなり先にいて全く見えませんでした。この大会が素晴らしいのは、ジェルを給食で用意してくれているところ。私は、30km以上は2回しか走ったことがなくそのどちらでも、ひどいハンガーノックを経験したので、5km位でジェルを手にとってすぐ摂取できるように持って走ってました。10km、15km、20kmと通過していきますが、私のペースがダウンしそうな気配はしません。どうやら献血による持久力への影響はこの一週間でかなりなくなったようです。集団も周回を重ねる毎に小さくなっていきます。
私がサブ3.5集団に付いていけなくなったのは、35km過ぎ。実は、このタイミングでも、足も心拍数もまだ余裕があると思っていました。このタイミングで給水があって、そこでほぼ毎回のように取っていた給水をとったのですが、それを飲んだ後に、肝臓の辺りに痛みが生じます。正直、このタイミングで差し込みがあることは予想外でした。これが肝臓グリコーゲンが枯渇したことによる影響か、水分のとりすぎかジェルのとりすぎか分かりません。今までは、30km以上のランでは、エネルギー不足により身体に最初に影響が出ており、内臓がダメになってしまうことはなかったので、かなり驚きました。身体を揺らさないように早歩きのような感じで走ります。また、この日はかなりの強風で荒川の川上から強風が吹き付けていましたが、集団から外れたことでもろに強風を受けます。更に、極めつけは、最後3kmになってから、右脇腹に激痛が走ります。今まで身体を揺らしすぎたり速く走りすぎて脇腹が痛くなることはありましたが、こんな激痛は経験したことはなかったです。この場面では、しょうがないので歩きました。結果、この1kmは7分以上かかってました・・。原因について、確定的なことは言えませんが、大会で支給されたジェルとスポーツドリンクの過剰摂取により、消化に相当時間がかかったからかもしれません。ただ、無料で支給でされてたし、エネルギー源には十分なったことは事実です。とはいえ、最後、6km、とりわけ3kmはあまりに悲惨な状態でした。
結果
目標はサブ3.5でしたが、最後の6kmで大失速して5分ほど届きませんでした。献血の影響があまりなかったことはよかったです。次に活かせることとしては、内臓を守るために腹筋や背筋を強化したり、大会を色々経験して、自分で購入したジェルを色々試して内臓に影響がないようなジェル・摂取タイミングを確立していくことでしょうか。正直時々やるトレランに比べてあまり身体も疲れていないし、なにかが間違ってなければ、サブ3.5いけたような気がしています。

こちらはガーミンが計測した1km毎のラップ。ガーミンの距離表示がマラソンに達してないですね・・。



その他
その他、振り返って、今回実践してうまくいったこと、よかったこともありました。
マルチポケットパンツ
- ランニングポーチや、ランニングベルトを色々買って試したのですが、揺れたり腹圧が強すぎたりと、しっくり来るものが見つからず、最終的に、マルチポケット付きのハーフパンツで出場しました。自分で用意したジェル5個を入れておいたのですが、全く揺れず、腹圧も気にならなかったので、次回以降も継続使用する予定です。
ロングコンプレッションタイツを使用しない
- 練習では冬は着用することが多く、あまりこれのアリなしによるパフォーマンスへの影響を考えたこともありませんでした。ただ、前日にインターネットで調べてメリットよりデメリットの方が大きいのではないかと思い、やめました。私のように単純に寒いという理由で装着する場合は、デメリットの方が大きくなりそうです。ちなみに、サブ3.5集団だと、3人に1人位はロングタイツだった記憶があります。
カーボローディング
- 今回はじめて本格的に実施してみました。実際、後半の26km - 30km過ぎ辺りはこれのお陰で失速しなかったと思います。ただ、3日前からはじめたのですが、前日からでもよかったかもしれません。前日の時点ですでに食欲があまりなくなってしまい、3日、2日前の摂取は無駄な摂取になっていたかもしれません。当日は3、4時間前に餅2個、うどん2杯、カステラ、1時間前にバナナ、30分前にアミノバイタルジェル2本を摂取し、結果的にかなり良かったと思います。
登山・トレランによる筋肉強化
- マラソン後半の走りは、中々平地で再現できるものでもありませんが、傾斜が多く、逃げ場の無い山道だと同程度の負荷を掛けることができるような気がします。
イルルカGB版・セーブデータ解析
始めに

前回、テリワンGB版のセーブデータのモンスターデータの書き換えができる所まで示した。今回、同じくゲームボーイでプレーできる「ドラクエモンスターズ2 マルタのふしぎな鍵」のセーブデータの書き換え・モンスターデータの変更を試してみたい。なお、このソフトは、子どもの時にプレーしておらず、ルカ編を一通りクリアした程度の成熟度。イル編に関しては、プレー自体も初めてである。必要とするツールは前回と同じだが、イル編のROMを落としてくること。
チェックサム回避

ROMのサイズに関しては、テリワンのそれ (2MB) に比して2倍 (4MB) となっている。
テリワンに比べて初回セーブ可能箇所まで少々手間がかかるが、進めてセーブデータを取得する。

セーブデータを格納したファイルが保存された際に気付く点として、セーブデータのサイズがテリワンに比べて4倍 (32KB) になっている。前回、SRAMの領域 (0x2000) だけだったが、今回は、メモリマップの後半(0x8000 - 0xffff) 全データが保存されているようである。
さて、前回同様、スライムの能力値を確認し、

対応するバイナリ列がセーブデータに存在するか確認する。

さっそく、0x62辺りから、「0xa,0x7,0x8,0x7」という「こうげき力、しゅび力、すばやさ、かしこさ」に対応する数字が現れる。
試しに、この1つを+1し、テリワン同様、先頭のバイトを+1してみるものの何事もなくゲームは起動されるが、スライムの能力値は元のままである。
どうやら、ここは、SRAM領域でないため、変更しても読み込まれないようだ。セーブデータのオフセット0x2000の位置のデータを覗いてみると、ここにも、同じようなバイト列が保存されており、スライムの能力値と思われるバイナリ列も存在する。

次に、前回同様、エミュレーターの処理で、プログラムが、SRAM領域にアクセスする際のPCレジスタの位置とその際のROMバンクのインデックスを記録しておく。すると、ROMバンク3番目のROM2の以下の部分でSRAM領域へのアクセスを確認した。

テリワンのチェックサム計算より複雑になっているようだが、前半部分の処理は、前回同様SRAM領域のデータの足し算。bVar2 がDレジスタ、bVar3がEレジスタに対応している。最後の部分がやや複雑で、bVar2と、bVar3を一度0xffとXORしてから、0x21、0x43をそれぞれ足し、メモリ0xba73、0xba74に入っている値と比較して、それを元に、1、あるいは0を返す。0を返した場合、チェックサムの整合性が取れているという判定のようだ。
メモリ0xba73、0xba74はSRAM領域からコピーされており、セーブファイルのオフセットとしては、0x3a73、0x3a74。

ここには、0xde、0xfcが格納されている。XORの処理を逆転して、
>>> bVar2 = hex(((0xde - 0x21) ^ 0xff)) 0x42 >>> bVar3 = hex(((0xfc - 0x43) ^ 0xff)) # if bVar2 becomes negative, bVar3 must have +1. 0x46
つまり、この処理に入る以前に、bVar2に0x42、bVar3に0x46が入っていたことがわかる。
仮に、「すばやさ」に対応するオフセット0x20cdのバイナリ値を+1してみる。その場合、bVar2に1を足して、0x43になっている必要がある。関数の返り値として0を返すには、
>>> mem_0xba73 = hex((0x43 ^ 0xff) + 0x21) 0xdd
0x3a73を0xddに変更すればよい。変更して実行した所、正常にセーブファイルがロードされスライムの「すばやさ」も9に変更された。
